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間もなく神原直造は一種段取りのついた慇懃いんぎんな荘重さともいふべき様子でゆつくりと来客の居並んだ前へ進み出て挨拶した。彼には紋付の羽織に袴といふ形がいかにもよく似合つていた。その稍角張つた肩のあたりにも、それから、一体に老いて強さはなくなつているが、まつ直ぐな鼻筋だの、その上にかつきり線を引いたやうな白毛まじりの太い眉だのの上には、ちやうど彼の身につけた袴の襞ひだと同じやうに、一種云ふべからざる古雅な端正さがあり、それは同時に低い枯れた声音こわねの中にも響いた。
と、盛子は声をかけて、その方へ向いて近づきながら、だが、そこに房一とは違ふ男の顔がうす暗がりの中で何だかためらひ気味に、中へ入りもしないで口をもごもごさせて突立つているのを見た。が、その顔は急に突拍子もない大きな声を出した。
「それあ、いかん。こんなに多くはいらんよ」
「をかしいから笑つたのだ」
「いや、危険はまづない見込だ。だが、何と云つたらいゝか――」
二人は岸に着いた。
房一は満足げに、かへつて来た犬の頭をかるくたゝいた。
「すまんでしたな、長話をして」
感心したやうに呟くと、房一はくるりと向ふむきになつて歩き出した。
「袴はそこですよ。足袋を先きにはくのよ」
「ねえ、高間さん。どうもこの追鮎は背中に掛り傷があるんで元気がないですよ」
すさまじい怒気のやうなものが、房一のあらゆる部分に燃え立ち、彼のいかついむくれ上つた肩は二倍も大きくなつて見えた。それに圧倒されたものか、物音は止んで、房一が何かしきりと云つているのが聞えたが、間もなく二三人がごそごそ土手を降りて行つた。
手前の方では音もなく縞をつくつて速く流れている河は、ずつと先の方で細い、ちらちらした、絶え間なく動く縮緬皺ちりめんじわとなつて見え、そこに素晴しい高さの岩がによつきりと宛あたかも河を受とめた工合に立つていた。その蔭にあたる河縁かはぶちには急ごしらへのバラック建が点々としていた。それは工夫小屋だつた。鉄道工事がつい二三ヶ月前からはじまつたのである。